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『伊達の黒船』 『重庵の転々』 取材レポート 1 2 3 4 |
| 『司馬遼太郎を歩く』取材レポート 『伊達の黒船』(2) |
| 宇和島を歩く |
今回の取材では、『伊達の黒船』に関わる名所・旧跡を幾つか訪れました。
(1)宇和島城
宇和島のシンボルといえば、なんといっても宇和島城。天守までは急な石段もありますが、今回は城山の周囲ををぐるっと回るスロープを通って登城。でも結構疲れました。
宇和島城天守は現存12天守の一つで、大変貴重なものです。江戸時代、泰平の世に建てられたこともあり、戦闘よりは装飾を重視して建築された、美しい天守です。
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| 宇和島城天守 | 天守の中にある模型 | 伊達宗城公 (幕末四賢侯の一人) |
宇和島城の中には天守の模型(骨組)や伊達宗城の肖像画も展示されていました。重里さんは、この肖像画に大変興味を持たれたようでした。蒸気船を造り開明的な藩主であった宗城を実感することも、今回の取材の重要ポイントの一つだったようです。
天守から出て上り立ち門の方へ、城山を降ります。町中にありながら、山の中を歩いているような雰囲気、緑の中で気持ちが良いです。途中、すれ違う人の多くは「こんにちわ」と挨拶をされます。宇和島には古き良い時代の日本、一種のコミュニティ意識が残っているのかも知れません。司馬遼太郎が宇和島を好きな理由はこんなところにもあったのかも。
上り立ち門 (天守と並んで現存の建築物です)
(2)和霊神社と樺崎砲台
宇和島には『街道をゆく』にも登場した有名な和霊神社があります。駅の反対側にまわると須賀川が見えます。太鼓橋のような大きく湾曲した橋をわたり、和霊神社へ。なかなか立派な神社です。神社から川越しに見た景色はなかなかのものです。
この後、須賀川沿いに海の方へ。途中小山の手前で左に曲がり、村田蔵六が設計した樺崎砲台へ。このあたりはもうすぐ先が海です。重里さんは、新聞に掲載する写真の候補に考えていたようですが、今は砲台は海に面しておらず、残念そうでした。砲台の前には空堀があり、「ここに水が引き込まれていたら、もっと絵になったのに」という重里記者の感想でした。
(3)嘉蔵の菩提寺
『伊達の黒船』の主人公・嘉蔵のお寺が宇和島中心街から程近い所にあります。
西江禅寺は辰野川に面した名刹。市街にありながら、門前は渓谷風の赴きがあります。三好先生から「嘉蔵の墓はわかりにくいところにある」とうかがっていたので、お寺の方が案内してくださいました。お寺の本堂の横を通って反対側に抜けて、少し低くなったところにあります。嘉蔵は、後年前原巧山という名前になりましたが、その蒸気船を造った後、小説では「嘉市」に改名したとあります。しかし、墓石には「喜市」となっていて、重里記者も不思議そうでした。三好先生にこのことをうかがうと、やはり「喜市」が正しく、「嘉市」は司馬遼太郎のフィクションでした。
前原巧山(嘉蔵)の墓がある西江禅寺 前原家の墓
(嘉蔵の墓です)前原巧山の墓
嘉市ではなく
喜市と掘ってありました
(4)宇和島のサウナ
取材の後、街を歩いていると、古いビルの中に一軒のサウナがありました。ここでサウナ&温泉好きの重里記者の熱い血が燃えてきます。(ちと大げさか?) 「ちょっと寄って行こう」ということで、私もお供しました。中は少し不思議な雰囲気。お客さんはフロントに飲み物を注文すると、飲み物を休憩室まで持ってきてくれるんです。それに出前を取っている人もいて…限りなくルーズというか、ファミリーな雰囲気でした。重里さんも私もこれにはビックリ。
重里さんは、日々の激務でお疲れらしく、物凄い表情で湯船に入っていました。そんな重里記者を心配したのか、地元の方が「大丈夫ですか」と声をかけていました。「宇和島の人は親切だ!」と重里記者は感動していました。
さて、荒牧カメラマン、重里記者と夕食に。駅からほど近い穂積亭へ。ガイドブックにも載っている有名なお店です。川のたもとにたたずむ古い木造の建物。元々は旅館だったということでした。一階は満席ということで、二階の座敷へ。すっかりくつろいで、刺身などに舌鼓をうちます。
荒牧カメラマンは50代のベテランで、温厚な方。カメラの話しなどうかがいました。荒牧さんのお話では、デジカメは画質は銀塩よりも落ちるけど、現像の手間が要らないことから、新聞社では重宝されるそうです。スクープなど、一刻の時を争う現場では、現像を今か今か…といらいら待つことも多々あるとのこと。そこにいくとデジカメは即編集・印刷へと進めるので便利なんだそうです。
この後、重里記者と私は駅近くのショットバーへ。雰囲気の良い店でした。重里さんは”生活派”とでも言うのか、地元の飲食店やサウナなどに積極的に行かれるようです。その土地の雰囲気を知りたい、感じたことを大切にしたいという考えのようです。そう言えば、『司馬遼太郎を歩く』の本や連載でも、重里さん担当のところでは、温泉や食べ物のことなどがよく出てきて、その土地の様子を伝えようという姿勢が感じられますよね。
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