『司馬遼太郎を歩く』
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『歳月』取材レポート
 
   

 

『司馬遼太郎を歩く』取材レポート
『歳月』

4.佐賀県立図書館と福岡博先生

佐賀県立図書館で福岡博先生にお目にかかる。福岡先生は佐賀を代表する郷土史家、佐賀の生き字引。余談だが、駅の観光案内所等で手に入る観光マップの監修もされていて、福岡先生のお名前は知らずとも、お世話になっている人は多いはず。

司馬遼太郎が佐賀を訪れた当時(約35年前と思われる)、福岡先生は同図書館の司書を務めておられた。司馬遼太郎も福岡先生のことを次のように書いている。

とにかく県立図書館に入ったのだが、その閲覧室で出会ったひとが、幸運にも同館司書の福岡博氏で、佐賀史や地誌を研究しておられる地道な学究であり、たとえ他に紹介をもとめても結局はこのひとのもとに来ねばならぬというそういう存在であった。私は、福岡氏を館内の食堂にひっぱりこんでお話をうかがった。

司馬遼太郎「体制の中の反骨精神」(『歴史を紀行する』文春文庫)

福岡先生のお話では、佐賀県立図書館での司馬遼太郎は白いジャンバーを着て資料室に閉じこもり、誰にも会わずに古文書を読みふけっていたそうだ。時々館内の食堂でカレーを食べたりコーヒーを飲んでいたということだった。

木下館長に御挨拶をした後、重里記者、荒牧カメラマンと古文書が保管された資料室に行き、お話をうかがいながら写真撮影に入る。
資料室には膨大な古文書が収集・保管されていて、その中の数点をとりあげながらの撮影。重里記者が質問をしながら自然な雰囲気を作り、荒牧カメラマンがお顔と手にかかえた古文書を同時に写そうされるが、福岡先生はすぐに顔が古文書の方に戻ってしまう……福岡先生は典型的な佐賀人気質というのか、非常に真面目で地道な学究の徒といった印象だった。

福岡博先生
佐賀を代表する郷土史家
司馬遼太郎もお世話になった方です
佐賀県立図書館
私の住む筑後地方から遠くないということもあり、その後再び佐賀を訪れてみた。
県立図書館にも立ちより、食堂で司馬遼太郎が食べたというカレーを食べてみた。(400円だったが、50円奮発してカツカレーを食べた) 食堂はセルフサービスで、食事をする人は、思い思いのことをしながらくつろいでいる。大学時代の学食を思い出した。カレーは細長い金属製の皿に盛られて出てきて、やや濃い目の味付けだった。司馬遼太郎がこの食堂で食べてから30年以上経つが、カレーの味は不変なのだろうか?
その後、食堂内の自販機で缶コーヒーを買って飲んだ。かつての司馬遼太郎の食事の様子などを想像してみたかった……のだが、単に私がミーハーなだけなのかも知れない。

5.佐賀城跡

駅前の大通りを南に進んでいくと、佐賀城跡に出る。天守は残っていないが、掘は広く、かつての鍋島藩の威容を十分に想像できる。掘の内側は佐賀県庁、県立図書館などがあって、緑も多く心地よい空間だ。
だが、進んで行くと、掘の内部(=かつての城域)にもかかわらず、普通の市街地になってしまう…。
さらに進むと右手(西側)に県立博物館・美術館、左手に唯一の現存建築物である鯱(しゃち)の門と続櫓があり、石垣に沿って天守台が続く。このあたりはかつての佐賀城の雰囲気が残る。数少ない場所だ。門の南側では本丸御殿跡が発掘され、現在は木造での復元工事に入っている。県立歴史資料館になるそうだ。

佐賀城跡・北掘
(正面に見えるのは県庁)
鯱の門と続櫓
(唯一の現存建築物)
鯱の門と続櫓(内側より) 鯱の門の石垣に続く天守台 鯱の門 (佐賀の役の
弾痕が残る)

掘は北・南・西は比較的良く残っているが、東側は埋めたてられてしまっている。全体的に、良く整備されている部分と、埋めたてられて、市街地化している部分のギャップが大きいように思った。
(県立博物館の常設展示は無料ではあるが、充実していて見応えがある。佐賀の歴史や文化を知りたい人にはお勧めだ)

6.大隈記念館

佐賀では幕末〜明治にかけて活躍した人々が七賢人と称されている。江藤新平、大隈重信、鍋島直正、副島種臣、佐野常民、大木喬任、島義勇。
その七賢人の筆頭は江藤新平と大隈重信が筆頭になると思う(鍋島直正は別格というところだろうか)。江藤新平と並ぶ大隈重信についても知りたいということで、大隈記念館を見学した。

佐賀七賢人 大隈重信生家 大隈重信銅像
(生家の前に立つ)

江藤と大隈は対称的な人物のように思える。初代司法卿という栄誉に輝きながら、下野し刑死という結末を迎えた江藤新平が、佐賀における悲劇の主人公とすれば、早稲田大学を開き、首相にまで昇りつめた大隈重信は、功成り名を遂げた人物と言えるだろう。
維新によって世に出るまで貧しい生活を送り、激しく理想を追い求めるようなところがあった江藤新平に対し、大隈は比較的裕福な家庭に生まれ、ゆとりのようなものも感じらる。

大隈記念館には大隈重信の生家と資料・展示のある記念館がある。大隈の一生を描いた展示では江藤新平が殆ど登場しなかった……のが意外ではあった。
大隈の選挙活動の模様なども印象的だった。自分の演説をレコードに吹き込み配布する…当時としては斬新な企画力だと思う。

佐賀を代表する郷土史家である福岡博先生のお話では、江藤新平は理想が先に立ち、真面目で潔癖なところがあって、佐賀人の一種の典型。大隈重信は自らアピールするのが上手で清濁併せ呑むようなところがあり、佐賀人にしては異質な部分を持つということだった。その部分があったからこそ、世間的な成功を収めることができたのではないかとも思った。

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