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むろやの園と国森家 国木田独歩 |
福山城新幹線から福山駅のホームにおりて、まず目に入るのが福山城です。
徳川家康の従弟、水野勝成が西日本の有力外様大名への抑えてとして築いた名城ですが、残念ながら第二次大戦で焼失しました。現在の天守は鉄筋コンクリートで復興されたものです。むしろ、焼失を免れた「伏見櫓」(伏見城から移築されたそうです)や、「鉄筋御門」が見所になります。
広島県立歴史博物館福山市内を流れる芦田川の中洲には、鎌倉時代〜戦国時代にかけて「草戸千軒」という町が栄えていましたが、江戸時代に入り、洪水で壊滅しました。
この博物館は、「草戸千軒」の発掘調査の成果を公開するために設けられたと言っても過言ではありません。見所は原寸大で再現された当時の街並み。家屋や市場の一角などを見てまわることができ、レプリカとは言え往時の雰囲気を良く感じることができます。
また、博多や越前一乗谷遺跡についての資料も展示してあり、同じ中世に栄えた都市の共通点や相違を考えて見るの良いのではないでしょうか。
尾道へのアクセス
尾道へは、まず新幹線を利用し、途中で在来線に乗り換えて向かうことになると思います。ここで、どこで在来線に乗るか、ということが問題になります。
結論からいうと、大阪、岡山方面はもちろんですが、福岡方面からも福山での乗り換えるのがベストだと思います。
広島で在来線に乗り換えると約1時間20分かかります。また、三原駅には「ひかり」は停車しません。それにひきかえ、福山には「ひかり」のほとんどが停車し、尾道までは約20分です。
尾道には新幹線の「新尾道駅」もありますが、「こだま」しか停車せず、しかも町中まではバスに乗らなければならないため、あまりおすすめできません。
大林映画の舞台
『転校生』や『時をかける少女』はノスタルジックな風景が描かれ、大林ファンならずとも、懐かしい映画だと思います。駅前の「しまなみ交流館」にはロケ地巡りのパンフレットが用意されていますが、イメージ優先の編集で大体の位置しかわかりません。
したがって、ガイドブックで詳細な位置を確認する必要があります。(昭文社のまっぷる「しまなみ海道 尾道」に付属している地図が比較的わかりやすいと思います。)
尾道は狭い路地や石段が入り組み、町の概要がわかりにくため、ロケ地巡りのみならず、詳細な地図は必要だと思います。
ロケ地では、『転校生』で主人公達が石段を転げ落ちた「御袖天満宮」、時をかける少女の「タイル小路」が有名で、大林ファンならずとも訪れたいところです。この二ヶ所は互いに近く、街の中心部からも比較的容易に訪れることができます。
尾道の歩き方「しまなみ交流館」にある「尾道観光案内地図」を見ると、三つのコースがあります。
「古寺めぐり」と「おのみち文学の館めぐり」は、ほぼ重なっており、同じに廻ることができます。「文学の小道」は少し離れており、千光寺と合わせて、ロープウェイを利用するのが良いでしょう。
私のおすすめのコースは、
(1) 駅前より林芙美子の像を見て、「古寺めぐり」の道を進みます。
(2) 途中、少し脇道にそれて、「志賀直哉旧居」を見学。
(3) 「古寺めぐり」の道に戻り、途中にある「おのみち文学の館」を見学。
(4) そのまま進み、ロープウェイ山麓駅に出て、ロープウェイで千光寺山山頂まで行きます。
(5) 山頂より「文学の小道」を下り、途中林芙美子『放浪記』の文学碑で記念撮影。
(6) 千光寺とそのすぐ下の「中村憲吉旧居」を見学。
(7) そのまま石段を下り、「古寺めぐり」の道に戻り、途中大林映画のロケ地「御袖天満宮」や「タイル小路」を見る。
この後は、時間に合わせて、後述の「おのみち映画資料館」や「ほっと蔵」を見学したり、古寺めぐりの道をさらに進むのも良いかも知れません。
私は8月に尾道を訪れ、「古寺めぐり」の途中から「志賀直哉旧居」のあたりで道を間違ってしまいました。千光寺まで続く果てしなく長い石段を上り、暑さと疲労で途中冷や汗が出て、非常に苦しい思いをしました。
特に夏場は、千光寺や「文学の小道」を訪れるなら、ロープウェイで上り、山頂から下りながら見学するのが無難です。
尾道MAP
林芙美子と志賀直哉尾道は文学の町とも言われますが、それは林芙美子が育った町であることと、志賀直哉が一時期住み、『暗夜行路』の舞台になったことによると思います。
「志賀直哉旧居」では管理をされている方が、尾道時代の志賀直哉の生活振りなど、丁寧に説明をしてくださいます。
その近くの「おのみち文学の館」には、尾道出身の文学者に関する展示が見られ、林芙美子の書斎も再現されています。この二つの館は共通の入場券で入ることができ、互いに近くにあるのですが、付近は石段や小道が複雑に交差し、気をつけないと通りすぎてしまうので、標識などに良く注意してください。
(私は志賀直哉旧居から文学の館に行く道を見落として、千光寺まで直行してしまいました……)尾道のアーケード街、駅に近いあたりに「アンティーク茶房・芙美子」があり、中庭の先には林芙美子が少女の頃住んでいた家が保存されています。林芙美子はこのあたりで9回も転居したそうです。小さな木造の家の2階に住んでいたそうで、狭くてつつましやかな部屋でした。貧しく苦労したという芙美子の幼い頃を実感できます。
映画資料館とほっと蔵尾道は海岸沿いの狭く細長い平地が商店街となっていて、その一画に「おのみち映画資料館」があります。昔、尾道が海港として栄えた頃の倉庫が利用されています。小津安二郎監督や、尾道が舞台となった映画の資料が展示されていますが、なぜか大林映画の展示はありませんでした。
また、商店街に面した「尾道昔おもしろ館・ほっと蔵」には骨董品や美術品などを展示した蔵がありますが、私はむしろ昔ながらの「間口が狭く奥が深い」商家の建物が印象に残りました。
尾道の思い出に志賀直哉旧居跡へとつながる文学公園に脇にある小さなお店では、切り絵の絵葉書を売っています。鮮やかな色彩で、風景を描き出していて、尾道のお土産におすすめです。
広島中心街MAP
路面電車に乗って広島は100万都市にもかかわらず、地下鉄や私鉄がありません。(アストムラインという新交通システムがありますが) 代わって市民の足になっているのが路面電車。広島では2両編成、3両編成もあり、かなりの輸送量を誇り、遠く宮島まで路線が延びています。(中心街ではゆっくりと走り、西広島からは専用軌道に入りスピードアップするのも面白い)
数ある車両の中でも面白いのは低床式の「グリーンムーバー」。乗場との段差が殆どなく、これこそ人と環境に優しい乗物です。地面をすべるように走る乗り心地もなかなかのもの。
河畔を歩く広島は太田川のデルタ地帯に発達した都市で、市内の至るところに川が流れています。特に京橋川沿いは小公園風に整備されていて、夏でも涼しげな感じがしてとても良い雰囲気です。川沿いのホテルの中にはカフェテラスを出しているところもあります。
広島の交通機間というと路面電車が有名ですが、JR広島駅から繁華街へはこの京橋川河畔を歩いていくこともできます。銀山町電停付近なら約10分程。荷物が多くないなら、一度歩いてみては?
平和記念資料館大学時代、私は長崎の原爆資料館を見学したことがあります。そのときの展示はショッキングなもので、精神的な衝撃を受けました。
広島の平和記念資料館は、広島在住の知人を訪ね、その方に「広島に来たのだから見ていってください」と、連れられて行ってきましたのですが、自分の中では正面から見据えることをためらう気持ちがありました。私が訪れたのは夏で、館内は冷房が良く効いていたのですが、被爆当時の写真、展示物、ジオラマ等見ていると、「火傷を負って、どれほど熱く、痛く、苦しかったことだろうか」と私自身も体が火照ってくるような思いがしました。
この展示を見るのは本当につらいことですが、今の私達の平和な生活は、このような犠牲を経て成り立っていること、そして後の世代にも、平和な世の中を残さなければならないということを考えれば、避けることのできない問題であり、まず目をそらさずに見ることから始めなければならないと思いました。
お好み村広島といえばお好み焼きですが、私が知人に連れていってもらったのが「お好み村」です。路面電車の「八丁堀」から、平和大通りの方に5分ほど歩いたあたりにあります。
ビルの2・3階のオープンスペースのフロア−にお好み焼きの店が多数入っていて、マーケットのような、また屋台のような、庶民的な雰囲気です。私のおすすめは「ねぎ焼き」。あっさりしていてスナック感覚で食べられます。
広島城と縮景園広島駅からほど近く、京橋川沿いにある縮景園。広島藩主の別邸の庭園でした。規模はそれほど大きくないものの、変化に富んだ景色や、変わった形の橋などを見ることができます。惜しくも原爆で失われましたが、見事に復元され、木々の中には原爆を生きぬいた木もあるということです。
一方、広島城ですが、こちらも原爆で倒壊、鉄筋コンクリートで外観復元されています。倒壊時、天守は下部から折れて下に落ちた状態で、炎上はしていなかったそうです。そのままであれば残された資材を用いて復元することもできたそうですが、原爆で苦しむ人々にはそれどころではなく、貴重な燃料として使用されたということです。建物は秀吉の聚楽第を模としたもので、典型的な前期望楼型。桃山時代の建築様式がよくわかる建物です。
二の丸は木造で復元されています。全国でも数少ない完全復元であり、是非見ていってください。
柳井へのアクセス山口県柳井市……かつては瀬戸内の港町として栄え、現在も往時の面影を残しています。特に圧巻は白壁の街並み。これほど保存状態が良く、白壁が長く続く町は珍しいでしょう。
さて、広島方面から柳井へは山陽本線の快速電車に乗ります。途中瀬戸内の海岸線の風景が広がります。
一方福岡方面からは、博多、小倉→小郡は新幹線「ひかり」に乗車。小郡→徳山は「こだま」、徳山→柳井は各駅停車を利用するのが良いと思います(小郡での乗換待ち時間次第では、博多。小倉から「こだま」で行った方が良いかも知れません)
柳井へのアクセス
むろやの園と国森家住宅瀬戸内屈指の港町として栄えた柳井。美しい白壁の町が続きますが、往時の豪商だった二つの家が見学できます。
まず、「むろやの園」。油商として栄えた小田家の住宅です。中に入っておどろくのは、とにかく奥行きがあって広いこと。母屋の先に蔵や別棟の長屋があり、その先には岩国藩主も宿泊したことがあるという屋敷もあります。数々の建物が複雑に入り組み、はじめて訪れた私は迷子になってしまいそうでした。裏門のすぐ先は柳井川ですが、昔はこのあたりまで河口が迫っていたとのことです。時間をかけてゆっくりと見学したいところです。
一方、「国森家住宅」ですが、こちらも小田家と並んで栄えた柳井屈指の豪商のお屋敷です。見学で入口のところには「国森」という表札がかかっており、奥の方には現在も子孫の方がお住まいです。現役の住宅として使用されているということであり、貴重な建造物だと言えるでしょう。説明してくださった係りの方のお話では、この古い建物を維持・管理していくことはとても大変、ということでした。
柳井中心図
国木田独歩明治の文豪、『武蔵野』で知られる国木田独歩。ここ柳井は国木田独歩が青少年期を過した町です。柳井中心街での独歩ゆかりの地というと、まず、独歩が住んでいた「独歩記念館」になります。市川医院の当主が柳井に移り住んだ独歩の父のために建てた家です。元の場所からは移築されていますが、今も市川医院の敷地内に往時の姿をとどめています。
もう一つは「独歩曾遊の道」。独歩がよく散策していた道です。市川医院の少し先から丘の上へゆるやかに曲がる道。登っていくと、中国式の楼門が有名な光台寺や公園があります。昔はこの公園に神社があり、独歩はそこでよく若い女性を見かけたそうです。この女性が小説『少年の悲哀』の登場人物のモデルだということです。
さて、この『少年の悲哀』と『置土産』が独歩の柳井を舞台とした小説の代表だと思いますが、実はこの二つの小説の舞台は柳井中心街からは少し離れた所にあります。
『少年の悲哀』の、主人公が川を下って河口に出る場面。この川は、柳井の中心を流れる柳井川や姫田川ではなく、田布施川(お隣の田布施町と平生町の町境を流れる)です。
そして、『置土産』の三角餅で有名な藤坂屋。白壁の通りにも支店がありますが、小説に登場したお店は柳井港駅に近い本店のほうだということです。したがって、同じく小説に登場する神社や海岸もこの近くということになります。(柳井港駅は柳井駅のお隣)
私は訪れることができませんでしたが(というよりも、知らなかった……)、国木田独歩の作品が好きで、どうしても小説の舞台を歩いてみたい方は訪れてみてください。柳井港の藤坂屋本店は比較的行き易いと思います。観光案内所等で、「柳井地方と独歩」というパンフレットがありますので、こちらを参考にしてみてください。
柳井近郊図(『少年の悲哀』と『置土産』の舞台)