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〜『つぶやき岩の秘密』の舞台を歩く・2〜
平成14年4月29日UP
| 平成13年秋の現地訪問より半年… 再び『つぶやき岩の秘密』の舞台を歩きました。 今回はつぶやき岩、入江なども訪れました。 (平成14年4月15・16日) 今回の調査・コンテンツ作成には「海風通信」のcoconeさんに 葉山町出身のMさんより、大変貴重な情報をいただきました。 |
| INDEX | MAP | |
| PART 1 | 1.紫郎と小林先生が春雄を見送るバス停(第2話) (追加情報有り) |
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| 2.三戸の農協(第3話) | ||
| 3.神社(白髭さんの家への抜け穴)(第3話) | ||
| 4.新田次郎(原作者)が滞在したと思われる建物 | ||
| 5.三浦家(紫郎の家) | ||
| PART 2 | 6.夕方紫郎と志津子が海岸から戻る道(第4話) 7.紫郎に志津子が話しかける海岸の岩場(第1話) 8.十字路(第3話) 9.つぶやき岩 10.入江 |
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| PART 3 | 11.白髭さんの家 (追加情報有り) 付・白髭さんの家を考える |
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| 鵜の島・地下要塞については 『つぶやき岩の秘密』の舞台を歩くをご覧ください。 |
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はじめに 昨年(平成13年)10月、『つぶやき岩の秘密』の舞台・三戸浜を歩いた。周辺の地理的知識もなく、ドラマの画面に出てくる三戸浜という地名だけを頼りに行き当たりばったりの探訪だった。ただ、三戸浜の南北を歩いただけで「つぶやき岩」も見つけられなかった。
福岡に帰ってから現地を訪れた満足感の中、もう一度三戸浜に行きたい。今度はつぶやき岩に行ってみたいという思いが次第に募ってきた。前回の現地調査では、ドラマの印象的な8つのシーンの場所を探した。発見できたのは、その中の3ヶ所。鵜の島、地下要塞入口、神社。
見つけられなかったのが、5ヵ所。入江、つぶやき岩、三戸浜のバス停、三浦家(紫郎の家)、そして、白髭さんの家だった。
今回はドラマの画面も徹底的(?)にチェック。満を持して(??)の再挑戦。 さて、その結果は?
京浜急行・三崎口駅から三戸浜までの途中、「三戸入口」というバス停がある。
ドラマの中で、つぶやき岩を調べに来た春雄が東京へ戻るシーンがある。(第2話) 紫郎の回想だが、この場面では「三戸浜」というバス停と三浦交通のバスが見える。現在三戸浜というバス停は存在しない。三崎口駅にほど近い場所に「三戸入口」のバス停があり、三戸浜の近くに「三戸海岸」というバス停がある。前回訪れたときの周辺の風景から「三戸海岸」は春雄を見送ったバス亭ではないと思っていた。そうすると、残りは「三戸入口」のバス停になる。
バス停の近くに行ってみると、街路樹があり、これはドラマにも見える。付近の地形からすると少し違うようだが、この道のどこかにあったと考えられる。ドラマでは、バス停の左の土地は道路よりも低くなっているようだ。そうすると…現在の三崎口駅のすぐ近くの道路沿いなのではないだろうか?
前回の現地レポにも書いたように、ドラマ撮影時は京浜急行は三浦海岸駅が終点で、三崎口駅は存在しなかった。バス路線も大きく変わり、バス停の位置も若干変わったのかも知れない。
三戸入口バス停私のBBSにカキコミしてくださった、油壷出身の原さんからの情報では、昔は京浜急行の独占営業を防ぐ意味で三浦K交通バスという会社があって、少ないながらも路線を運行していたという。三崎口駅の開業の頃に姿を消した(京浜急行に吸収された)ということだった。 追加情報(重要!)
(平成14年7月17日)
私はこのバス会社がテレビに映っていて、バス停も実在のものだと思っていたが、葉山町出身のMさんから貴重な情報が寄せられた。
(1)「三浦交通バス」という会社は実在していたが、ドラマに出てくるのは「三浦バス」で名称が異なる。
「三浦交通バス」は昭和43年頃になくなっている(ドラマは昭和48年制作)。
ドラマの三浦バスは架空の会社で、車体は当時の京浜急行バスを使用している。NHKは特定の企業の名称をドラマ上では使用できないため、京急の協力のもと架空のバス会社の会社名でバスを登場させたのでは?(2)紫郎が春雄を見送ったバス停は今も実在し、周囲の風景も当時の雰囲気を留めている。ただ、「三戸浜」という標識はドラマ用に作られた可能性が大きい。バス停の場所は、やはり三崎口駅前を通る国道134号線沿い。
葉山のMさんに続いて横須賀のとしあき君(三浦半島バーチャル・ツアー)より決定的な情報と写真が寄せられたので紹介します。
(1)ドラマに出てくる三浦バスは、やはり京浜急行バスの車体を使用している。
車番より1973年に三崎営業所に配備された新車のバスを使っていたことが判明。
バスの行き先の「三浦海岸」は、方向がおかしい。逆方向。当時は「横須賀駅」が一番本数が多かったと思われるが、ドラマのイメージが狂うので撮影用に行き先を変えたと考えられる。
(2)紫郎が春雄を見送ったバス停は、三戸入口より100Mほど南側に位置している。最終回で春雄が降りたバス停は同じ場所の道路の反対側。(としあき君よりいただいた写真を紹介致します。周囲の景観は少し変わっていますが、ドラマ当時の雰囲気が残っています)
紫郎が春雄を見送ったバス停の場所
この先に三戸入口バス停、さらにその先に
京急三崎口駅がある。最終回、春雄が降りたバス停の場所
左写真の道路の反対側に位置する。
三戸海岸のバス停から三戸の集落の中に入り、五分程歩くと三戸浜に出る。海岸に鉄筋コンクリートの2階建ての建物があり、1階の約半分が小さな店舗になっている。ここが三戸の農協。
ドラマで行商の亀さんが、三浦家を訪れて帰るシーンがある。(第3話) そこに紫郎が帰宅し、祖母・ぬいは紫郎に話す。「亀さんも、最近は農協ができたんで、行商も大変だね」
農協に入る。食料品や雑貨が並び、小さいながらもスーパーのようになっている。ペットボトルを購入する。ドラマの中でのことだが、ここが亀さんの生活を圧迫した(?)農協か…。
農協から北に進むと、諏訪神社がある。前回も訪れていたが、白髭さんの家の小屋に繋がっているという抜け穴(第3〜4話)は、実は確認していなかった。
短い参道を抜け本殿の左側に廻り込むと…ぽっかりと穴があいている。大分土砂が入り込んでいるようだった。外から見た感じでは、神社の背後の台地から海岸の方へ続いているトンネルの横穴のような感じだった。
諏訪神社 白髭さんの家への抜け穴? 神社の前に戻る。ここで紫郎は白髭さんの家から抜け穴を通ってきた亀さんと話したのだ。(第3話)
神社の横には別荘風の瀟洒な建物が見える。個人の所有だろうか? と思って表札を見ると、新潮社の保養所とある。
原作者・新田次郎の長女・藤原咲子さんの著書『父への恋文−新田次郎の娘に生まれて−』によると、新田次郎は油壷の出版社の寮に滞在して名作『八甲田山死の彷徨』(1971年発行)を書き上げた。このときの経験が『つぶやき岩の秘密』(1972年発行)に繋がっていると私は推測している。
咲子さんは”油壷に滞在した”と書いているが、これは広い意味での油壷一帯ということで、『八甲田山死の彷徨』は新潮社から発行されており、この保養所こそ新田次郎が滞在した建物かも知れない。
また、新田次郎本人の『小説に書けなかった自伝』では、実際に三戸浜周辺を歩き、ドラマで使われたつぶやき岩の洞窟もしっていたことを示す記述が認められる。そして、三戸浜に滞在した経験が『つぶやき岩の秘密』につながったことが明記されている。
NHKのスタッフもドラマ化にあたってロケ地の設定は、原作者・新田次郎の指示を仰いだのではないだろうか? ドラマは三戸浜周辺の自然を美しく描き出し、神社、鵜の島、地下要塞の設定なども、原作に拠り、実際に存在している。なにより、この保養所は、ドラマのロケ地のど真ん中に位置していて、ドラマで使用された紫郎の家も近くに存在する。
この保養所は新田次郎が滞在していた建物に間違いないと思う。この建物こそ『つぶやき岩の秘密』が生まれ出た場所だ。
ところで、紫郎の家(三浦家)は現在どうなっているのだろうか? 旧家らしい頑丈な造りの農家で、立派な蔵が印象に残る。テレビの放映から30年間がすぎている。もう無くなっているかもしれない…。
そう思って三戸の集落を歩いていると、ふと見覚えのある建物が目に入る。あの玄関の位置、縁側、そして母屋の前の蔵…紫郎の家だ! 屋根こそ藁葺きから新建材(?)に変わっているが、30年過ぎても健在だった。母屋の前の庭には花が美しく咲き乱れている。現在お住まいの方がしっかりと手入れされている様子がうかがわれる。
紫郎が三戸浜をバックに走りながら家に向かうシーンが思い出される。(第1話) 家の前の道路は舗装されて大きく姿を変えているが、家の前からは海も良く見える。やはりこの場所なのだ。
(プライバシーの保護ということもあり、写真と場所は非公開に致します)
三浦家の前の道
広く舗装され、ドラマ撮影時とはかなり変わっている三浦家の前の道から見た海
紫郎が第1話で海から帰ってきた道
小さく見える島は画面でも見えます
『つぶやき岩の秘密』
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