
旅日記 No.32 津島(岩松)・御荘・松山編
てんやわんや・坂の上の雲
| 平成 13年 |
9月10日 松山 | 9月11日 津島(岩松) | 9月12日 御荘 | 9月13日 再び、松山 |
| 目次 | PART
1 1.松山へ 2.柳井上空 3.石手川 |
PART 2 4.宇和島 5.「てんやわんや」の里 6.岩松川 7.文豪と菓子 8.「かんまんですか」 |
PART 3 9.御荘湾ロープウェイ 10.観自在寺 11.松山へ 12.椿の湯 |
PART 4 13.萬翠荘 14.三津の渡し 15.秋山兄弟 16.ターナー島 |
| 交通 | 福岡→(JAS873)→松山 | 松山→(JR)→宇和島→ (宇和島自動車バス)→ 岩松→(バス)→御荘 |
御荘→(バス)→宇和島 →(JR)→松山 |
松山→(JAS874)→福岡 |
旅日記「てんやわんや・坂の上の雲」について
数年前のこと。週間朝日の「司馬遼太郎からの手紙」という一文が目にとまった。司馬遼太郎の交流を書簡を通じて振りかえったもだが、この号は「宇和島の友人たちへ」というタイトルがついていた。
宇和島は司馬遼太郎が最も愛した土地だが、みどり夫人がその理由を書かれている。「宇和島はまず城下町でしょう。そして穏やかで、あたたかくて、のんびりしていて。でも司馬さんが気に入ったのは、それだけではないのね。宇和島の町にも人にも、噴き出すような愛敬があるの。ちょうど獅子文六さんの奥さんのご郷里があのあたりで、要するに『てんやわんや』に世界ね。まじめな町だし、まじめな人が多いけど、なんともいえないおかしさがある。そんな宇和島が、司馬さんは気に入ったと思いますよ」
週間朝日より
宇和島ものんびりとしてとても良い雰囲気の町だが、この文を読むと、そのエッセンスのようなものが津島町にあるように思える。
小説『てんやわんや』は戦後間も無い頃に毎日新聞に連載された獅子文六の小説。宇和島のさらに南、”相生町”という架空の町が舞台になっているが、津島町の岩松を想定して書かれているという。
その後『てんやわんや』を読むと、獅子文六の、岩松に対する並々ならぬ愛情が感じられ、桃源郷のように描かれる。どうしても訪れてみたかったが、なかなか行けない土地。今回遅い夏休みが取れたので、思いきって訪れてみました。
そして旅の終りは松山の海辺(三津、梅津寺、高浜)を訪ね、『坊ちゃん』や『坂の上の雲』の舞台を歩きます。
PART 1 9月10日 松山
1.松山へ
今回の旅行は、かねてから計画していた愛媛県南部・津島町と御荘町を訪れる予定。三連休ではあるが、それでも日程的には余裕が無い。そこで9月10日、夜勤明けでいったん家に帰り、シャワーを浴びて昼食を取って出発する。当日まで台風の進路が心配だったが、東海から関東へと抜けたようだ。
今日は午後の便で福岡から松山へ飛ぶ。さすがに疲労感は隠せない。殆ど徹夜のまま、無事松山までたどりつけるか心配だったが、地下鉄を乗り継いで、なんとか空港へ。搭乗ロビーで眠りこけることもなく、無事15:30発のJAS873便に乗り込む。
尚、今回はJASの無料航空券を使用した。
2.柳井上空
福岡−松山間は飛行機ではごく短い距離。座席は右側窓側の席になっている。地図と照らし合わせると、飛行機は徳山上空のようだ。よく晴れて、海岸線がはっきりと見える。6月に旅行した国木田独歩ゆかりの地・柳井も見える。『少年の悲哀』の舞台、田布施川周辺の地形がよくわかる。飛行機はちょうど白壁の町(=JR柳井駅近辺)上空を通過しているようで、『置土産』の舞台の柳井港は見えない。
やがて飛行機は瀬戸内の島々の上空を進み、やがて松山空港へ到着する。
3.石手川
空港で伊予鉄のい〜カードを購入し、松山市駅行きの新道経由のバスに乗り込む。ホテルは大街道近辺にあるので、JR駅で市内電車に乗り換えようと思ったが、一年半ぶりに訪れた松山。天気も良く、少しお散歩してみようと思う。松山市駅まで乗り、そこから石手川沿いの緑地を大街道方面へと進む。夜勤明けで眠たくはあるが、意外と動ける。
石手川 やがて、大きなマンションが見えてくる。そこから宿泊するホテルの方へと進む。途中、大街道をぶらぶらしながらホテルへ。9月の夕暮れ時とはいえ、まだまだ暑い。汗をかいてしまった。
ホテルは、最近できた温泉付のビジネスホテル。大浴場で汗を流すと、眠くなってきて外出する気力もない。コンビニで弁当を買って部屋で食べ、そのまま8時すぎに眠る。