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旅日記 No.29  東京・神奈川編

早春の東京紀行

 平成13年5月22日up

平成13年 3月14日
ツーリスモ・ラティーノ訪問記
3月15日
大泉散歩
目次 PART 1
1.スカイマーク
2.ツーリスモ・ラティーノ
3.都営大江戸線
PART 2
4.浅草寺
5.大泉
6.池袋→上野
交通機間 福岡→(スカイマークBC4)→羽田
→(京急+山手線)→恵比寿
→(山手線)→新宿
→(大江戸線+浅草線)→浅草
田原町→(銀座線)→上野→御徒町
→(山手線)→池袋→(東武東上線)
→和光市→長久保→大泉学園
→(西武池袋線)→池袋→(山手線)→上野
  3月16日
厚木散歩
3月17日
鎌倉散歩
目次 PART 3
7.小田急ロマンスカー
8.厚木
9.七沢
10.新宿
PART 4
11.鎌倉へ
12.極楽寺・大仏
13.雨の浅草
交通機間 上野御徒町→(大江戸線)→新宿
→(小田急線)→本厚木→(バス)
→上古沢→巡礼峠→七沢
→自然保護センター→日向川
→(バス)→本厚木→(小田急線)
→新宿
新宿→(小田急線)→藤沢→(江の電)→
極楽寺→大仏→(バス)→鎌倉駅
→(JR横須賀線+浅草線)→浅草
→(銀座線)→上野→(山手線)→品川
→(京急)→羽田空港→(スカイマークBC9)
→福岡

 

旅日記「早春の東京紀行」について

 久し振りに長めの休暇(四日間)が取れ、東京へ行ってきました。小学校の途中から20代後半まで過ごした東京は、私にとっては故郷ともいえます。
 今回の旅では、まずこのHPのリンクページにもあるツーリスモラティーノにお邪魔してきました。そして、昔友人が住んでいた大泉(練馬区)、大学時代を過ごした厚木(神奈川県)を歩きます。

 

PART 1

3月14日(水) ツーリスモラティーノ訪問記

 

1.スカイマーク

 3月14日朝、8時前に目が覚める。前日は三回目のHPの更新を行った。旅行後に更新するとなると、恐らく二週間ぐらいかかってしまうと思ったためで、旅日記「街道をゆく」が未完成なのにもかかわらず、強引にアップさせてしまった。あまり体の調子が良くなくて、また風邪をひいてしまったらどうしよう、と思っていたのだが、体調は元に戻っている。
 今日は、久し振りの東京行き。今回は三泊四日で私にとっては滅多に取れない長いお休みだ。昨年秋から長めの東京旅行を考えていたが、歯が痛んだり、風邪をひいたりして、半年遅れになってしまった。
 飛行機は12時発なので朝はいつもよりゆっくりと過ごす。しばらくは犬の散歩もできないので、30分程愛犬デコちゃんを連れて歩く。
 10時すぎに家を出て高速バスに乗り、福岡空港へ。今回はスカイマークを利用するので久し振りに第一ターミナルで降りる。ここしばらくは第二ターミナルを利用することが多く、第一ターミナルは昨年四月の松山行き以来の利用だ。
 スカイマークエアラインズのカウンターは二階搭乗ロビーへの階段の下に位置している。他の航空会社は磁気を利用した航空券だが、スカイマークは感熱紙を使い、バーコードがプリントされている。二階でお土産を購入し、搭乗手続を済ませ、ロビーへ。ここからツーリスモラティーノのY村氏に電話し、今日うかがうことを伝える。さらにサンドイッチを購入して早めの昼食にする。
 スカイマークの12時発の便へはバスで向かう。機材はボーイング767‐300で沖縄へのJAL便と同じようだが、座席の感覚や通路が狭いような気がする。座席が一列多いようだ。スカイマークは、就航当時飲み物のサービスはないときいていたが、ちゃんと飲み物も出てきて、サービスも大手三社に決して劣っていない。
 約1時間半の飛行の後、東京へ到着する。座席が狭くやや疲れたが、お値段を考えると十分に満足だ。

2.ツーリスモラティーノ

 羽田空港より京浜急行に乗り品川で山手線に乗りかえる。目指すは恵比寿。駅ビルは建て替えられ、きれいになっている。四年前に訪れた際もこの駅ビルだったはずだが、十年前の古い駅の印象が強いためか、ずいぶんと変わったように感じる。
 ここからツーリスモラティーノへは歩いて五分とかからない。駅前の道を進み酒屋さんの角を左に曲がり、CIビルのエレベーターで五階へ上がると、ドアが開いており、オフィスになっている。
 昔ペルーに行ったときにチケットを手配してもらったY村氏がパソコンに向かっているのが見える。私が入ってきたのに気がつかれ、前に出てくる。次いで代表のN戸女史も出てくる。四年ぶりに会ってみると、二人ともナチュラルに年を重ねているようだ。
 挨拶もそこそこにN戸女史は「DECOさん、いくつになったの? 結婚は?」と先制攻撃をかけてくる。四年前に訪れたときも、この話題で攻められたので予想はしていたが、いきなりのストレートパンチだ。「Yちゃん(Y村氏のこと)なんかもう二児のパパよ」と続ける。(Y村氏は私より一つ年上) Y村氏は以前よりもこころなしかふっくらとされているように感じられる。
「早く結婚しろって言われているうちが花よ。他の人にも言われないの?」
と女史は言う。
「去年の八月に広島に行った時、以前お世話になった方にも言われましたけど」と答える。(この話については、
旅日記「転校生 PART3」参照)
「40(歳)になったらもう言えなくなるわよ」と女史は続ける。Y村氏は「でも、DECOさんは40になってもあまり変わらなそうだから、言われ続けると思いますよ」と追い討ちをかける。
「僕はわがままですからね、人にあわせるのは難しいかも知れない」と言うと、N戸女史は
「そうね、DECOさんはわがままね。わがままっていう言葉にもいろいろ意味があって、DECOさんはなかなか妥協しないタイプみたいね」と言う。
 確かに女史の言う通りで、私はなかなかその場その場でうまく方向転換ができずに、何度も痛い目にあってきている……。
 ここでホームページやメールに話題を振り替える。私がHPを開設したことに対し、女史は「どんなページなの?」と聞く。私は「ここ数年の旅日記の記録です」と答えると、女史は「一人でふらふら行ってるようじゃダメでしょう!!」と叱咤する。
 最近のパソコンや携帯による通信の進歩に対し、女史は「メールなんてここ2〜3年で広まって、変化が激しいわね。でも、ホームページみたいに、自分から情報を発信できるようになったことは良いことかも知れないわね」という。

 私は「ADSLや光ファイバーも普及して行くでしょうし、九州電力は電源のコンセントをつなぐだけでネットに接続できるサービスを開発しているようで、次ぎの時代が楽しみですね」と答える。
 女史は、「次ぎの時代が楽しみなんて凄いわね。私は最近は疲れぎみよ」とおっしゃる。
 「N戸さんのようなパワフルな人は滅多にいないと思いますよ」と私が言うと、女史は「そんなことはないわよ」と否定する。
 女史はパソコンについての意見を述べる。「私はパソコンを初めてみたとき、どうしてテレビが映らないんだろうって思ったのよ。最近はテレビも見られるパソコンが出てきて、ようやく私のイメージ通りになってきたわ」
 N戸女史のパワーも、 I T の前では空回りしているようだ。
 そのうちにN戸女史に電話がはいる。女史もY村氏もお忙しいようで、このあたりで失礼する。
 

3.都営大江戸線

 時刻は午後3時半になっている。昼食がサンドイッチだったことでお腹もへってきた。恵比寿駅前のケンタッキーでおやつを食べる。次ぎは山手線で新宿へ向かう。東口から出て、昔よく行った床屋へいく。8年振りだろうか。中にはいってみると、変わっていない。スタッフもあまり変わっていないようだ。
 床屋を出ると午後5時になっている。今日のホテルは浅草。航空券とパックになっているホテルは、浅草しか残っていなかった。
 地下道に入る地下鉄の路線図を見ると、都営大江戸線という文字が目に入る。この路線は光が丘から西武池袋線の練馬を通り、そのまま南下。新宿から環状線状に東京の地下を走る。行先を見ると、上野から駒形を通る。直接浅草には行かないものの、駒形で都営浅草線に乗りかえればたった一駅だ。
 これは便利!! 昔は新宿から浅草というと、山手線で上野まで行って銀座線に乗り変えるか、丸の内線と銀座線を乗り継ぐ大回りコースしかなかった。大江戸線はほぼ直線状に上野方面に行くので時間も大幅に短縮されそうだ。
 飯田橋経由の線に乗り、駒形で乗りかえ、浅草へ。この町にくるのも久し振りだ。バッグからホテルへの案内図を取り出し、道を確認する。”駒形どぜう”という、いかにも下町の老舗のような店の前をとおりながら、三分ほど歩くとホテルTに到着する。
 ホテルTはビジネス系ながらズボンプレッサーやウォシュレットも完備していてグレードは高い。ベッドも大きく快適だ。風呂に入って一休み。
 夜の浅草へ外出する。田原町の方へ出て喜多方ラーメンを食べる。結構賑やかだ。私が高校ぐらいの頃は、浅草というと、時代遅れな感じがしたものだが、再開発も行われずいぶんきれいな町になったような気がする。都営大江戸線も開通し、羽田空港へも都営浅草線→京浜急行線で直行できる。浅草は、下町情緒も味わえるし、交通も便利になり、東京滞在の穴場なのかも知れない。
 その後、大学の先輩の店で午前三時まで飲む。東京に来て、初日から大暴れしてしまった。

 

東京第一日の足跡
(羽田空港→品川→恵比寿→新宿→駒形→浅草)

 

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