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平成14年     11月22日
第22回更新
11月6日
第21回更新
10月24日
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10月13日
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3月31日
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平成13年 11月29日
第10回更新
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第22回更新 (平成14年11月22日)

高知市街(五台山より)

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『功名が辻』取材レポート完結しました。毎度のことながら、自らの文章力のなさを痛感します。なかなか思うようにまとまらない…論理的な展開力に欠けているのかなぁ、と思いますが、あまり悲観的になっても仕方ないし、もっとHP作りを楽しむべきなのかも知れません。
山内一豊という人物ですが、なかなか人物像をとらえるのが難しい。彼の経歴・業績を振りかえると、かなり有能でしっかりした人物だったと思いますが、後世、それ以上に彼の妻(=千代)の聡明さが有名になった。一豊が土佐の太守になったのは、一豊の力なのか、千代の力なのか? それとも夫婦の連携プレーの賜物か? 書いていると色々な方向にぶれてきて、わかならなくなってしまいました。私自身、できるだけ公平に見ようと思いつつも、知らず知らずのうちに”司馬版”一豊&千代の世界に影響されているのかも知れません。

さて次回の取材レポートは、室町時代、応仁の乱の前夜を舞台にした。『妖怪』です。司馬作品の原点、伝奇的な側面に迫れるか?

 

第21回更新 (平成14年11月6日)


掛川城(静岡県掛川市)

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やっとのことで『功名が辻』取材レポート・掛川編公開となりまhした。
掛川というと、どういうわけか、司馬さんの小説にはあまり登場しません。ヒロイン・千代が掛川とは縁が薄かったためかも知れません。そんなわけで、まとめるのに苦労しましたが、一豊の足跡などを辿ってみました。
でも、掛川は一豊夫妻にはとても重要な時期でした。領国経営を実践し、時代の流れを読み取り、見事土佐20万石に栄転する契機をつかんだ地…そんな観点から掛川時代を考えてみました。

 

第20回更新 (平成14年10月24日)

山内一豊夫妻像(岐阜・郡上八幡)

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やっとのことで『功名が辻』取材レポート・郡上八幡編ができました。風邪で体調を崩して、予定より10日くらい遅れてしまいました。今回の取材では郡上八幡は一際印象に残り、力も入っていたので、公開できてほっとしています。
郡上八幡は本当に美しい町で、今時の日本にこんな町があったのか…と思いました。
この後、掛川編、高知編とできるだけ早く作りたいと思っています。いましばらくお待ちください。

 

第19回更新 (平成14年10月13日)

見性院像
(土佐山内家宝物資料館蔵)

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司馬遼太郎を歩く『功名が辻』取材レポート、まずは高知取材の一部分から公開です。土佐山内家宝物資料館で撮影させていただいた、貴重な写真、見性院の肖像画と「千代」がまな板代わりに使っていたという枡(江戸時代に作られた複製)から公開です。
それから、『街道を行く27・梼原街道』に出てくる「とまりぎ」にも行ってきました。司馬さんも訪れたことがあるという由緒あるスナックです。司馬さんが座ったという席にもしっかり座ってきました。(ちょっとミーハ―?)
司馬さんファンの方は歓迎ということなので、高知に出張or旅行する方、一度訪れてみてください。
それから、取材レポートの本体では、郡上八幡編を今必死に作っています。もうすぐ新聞連載が始まるので、少し焦り気味ですが、管理人は風邪をひいてしまい、少し遅れてしまうと思います。このページを見にきて下さっている方、ごめんなさい。

 

第18回更新 (平成14年9月6日)

コメント

『司馬遼太郎を歩く2』のレビューができました。『義経』取材レポートと併せて、これでようやく夏の宿題が終わったような気分。
次は『功名が辻』の取材ですが、管理人はただいま歯痛の真っ最中(涙)。無事福岡に戻れるでしょうか…

それから、先日紹介されたisweb配信メールの内容です。(↓)
ここに載せるかどうか、迷いましたが、このHPの歴史の一つとして、記念と記録の意味で記載致します。(9月11日配信)

─【達人が選ぶ今回のオススメ・ホームページ!】────────────
       ■■ 今回のテーマは「本を読もう」 ■■
───────────────────────────────────
そろそろ夏も終わり。朝夕には涼しい風も感じられるようになり、秋の気配も
そこまで漂ってきています。
そして、秋といえば、やはり「読書の秋」ですね。パソコンのモニターでホー
ムページを楽しむのも良いですが、涼しい夜に窓際で、お気に入りの文庫本な
どを片手に読書にふけるのも良い心地です。今回は、そんな読書の参考になる
ホームページをご紹介します。秋の夜長を素敵に楽しみましょう!

▼お城と温泉と文学の旅/司馬遼太郎
http://magz.infoseek.co.jp/cgi-bin16/flo?y=eFhL0JzI70CjQ0Q7h0AF
福岡県筑後地方出身の、がろっとさんのサイトです。城跡巡りを中心とした旅
日記などが掲載。書籍化された「司馬遼太郎を歩く」の新聞取材に同行したさ
いのレポートや、それにまつわる文学作品の紹介が見所です。「長崎ぶらぶら
節」や「アラスカ物語」など日本文学にまつわる旅行記が盛りだくさん。

(毎日新聞社)

 

第17回更新 (平成14年8月28日)

毛越寺・浄土庭園
(奥州平泉)

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ようやく「義経」が終わりました。取材も含めて今年の夏は義経に始まり義経に終わったという感じでした。書いていて、まとめるのに苦労し、自分でも不出来だとは思いますが、これ以上考え込んでもあまり意味はないと思い、アップすることにしました。
次ぎは司馬遼太郎作品の中でも好きな『功名が辻』。取材地は郡上八幡、掛川、高知の予定です。戦国時代が舞台なので、義経程には苦労しないだろうと、少しほっとしています。

それから、先日このページを出しているiswebの配信メールで当ページが紹介されました。アクセスが少ないのが最大の特徴(おっと!)の私のページのカウンターが知らない間に上がっている…。多くの方の目に触れると思うと、恥ずかしい思いがしますが、これを励みにより良いページを作っていきたいと思います。
アクセスは増えましたが、今まで通りマイペースで続けていきたいと思っています。以前からご覧になっていた方も、新しくご覧になった方も、末永くお付き合いください。

 

第16回更新 (平成14年8月18日)

コメント

司馬遼太郎を歩く『義経』平泉編……とりあえず歴史編をアップしました。
今回のコンテンツは歴史を振り返り、考察する…みたいな内容で、写真もないし、見てくださる方には退屈させてしまったかも知れない、と反省しています。
しかし、どうしても奥州藤原氏、その祖・藤原経清や安倍氏、前九年・後三年の役、源氏との関わり、さらには藤原経清の祖先・藤原秀郷について調べて、自分で納得するまで平泉編にとりかかることができませんでした。(そんなに大した内容でもないんですが…) 早く仕上げねば、と焦るばかりですが、とりあえず前置き部分の暫定アップということでお許し下さい。
歴史上燦然たる輝きを見せながら、頼朝の奥州遠征で突然に消えてしまった奥州藤原氏。特に後三年の役で、なぜ藤原清衡が生き残ったのか…調べれば調べるほど複雑でわからなくなってしまいますが、自分なりにまとめてみました。

 

第15回更新 (平成14年8月3日)

琵琶法師
(高松平家物語歴史館) 

どんどん引き
(つぶやき岩の秘密・入江)

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先週の鞍馬編に続き、司馬遼太郎を歩く『義経』取材レポートの屋島編をアップしました。
短期間の更新で苦しみましたが、これもコンテンツ作成をサボっていたツケがきたわけで、自業自得です。
『義経』という小説はとても難しい。時代背景が複雑でわからないところだらけ。しかも書くべき内容がたくさんあって、自分の中で交錯し、どこでどのように入れれば良いのか悩んで自爆状態が続きました。
これで『義経』の前半戦が終了。次ぎはいよいよ奥州平泉編です!

 

第14回更新 (平成14年7月27日)


鞍馬寺・仁王門(京都)

コメント

前回更新から3ヵ月も経ってしまいました。「司馬遼太郎を歩く」の取材で鞍馬、屋島、平泉と毎日新聞社の重里記者に同行しましたが、主題の『義経』は難しい…。時代背景も複雑で、西国・東国・奥州が複雑に絡み合っているし、私自身、東国武士団をよく理解していなかったし、奥州藤原氏の歴史に至っては、取材後も勉強中です。

そんなわけで更新が遅れましたが、とりあえず「鞍馬編」を公開、後は駆け足で屋島編と平泉編を作りたいと思います。
今回の『義経』で嬉しいのは三浦義澄がほんの少しですが登場すること。『つぶやき岩の秘密』の主人公・三浦紫郎の直系のご先祖様です。「司馬遼太郎」と「つぶやき岩」二つのコンテンツに少しだけど関わりができた、そんな気がします。

それから、毎日新聞社より『司馬遼太郎を歩く2』が刊行されました。このページでも載せている『伊達の黒船』『重庵の転々』の取材も入っています。是非ご一読を!

 

第13回更新 (平成14年4月29日)

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三浦半島に行ってきました。昨年10月に訪れた『つぶやき岩の秘密』の舞台・三戸浜ですが、今回は待ちに待った訪問でした。
前回は右も左もわからない状態で三戸浜の南北を歩きましたが、今回はドラマの画面も徹底的にチェック。自分なりに満足のできるロケ地探訪になりました。しかし、肝心の「白髭さんの家」の跡は…確実な場所は見つけられませんでした。我ながら詰めの甘さを反省しています。

二日間海岸の岩場や砂浜を歩き回り、くたくたになりました。福岡に帰っても疲れが残っているかと思いましたが、意外に元気。海の空気を吸い、自然の中を歩いてリフレッシュし、かえって元気になったみたいです。三浦半島は、本当に良い所だと思いました。

油壷では深海の海流を汲み上げたという露天風呂にも入ってきました。小網代湾や三戸浜の海岸線が一望できて、最高でした。

つぶやき岩(三浦半島)

 

第12回更新

(平成14年3月31日)コメント

再び毎日新聞の重里記者の取材に同行しました。今回取り上げる司馬遼太郎の作品は『歳月』です。とかく江藤新平というと佐賀の乱のイメージが強く、マイナーな印象を持ちがちですが、『歳月』を読んでみると、幕末の佐賀藩の学問の水準の高さ、高度な技術力に驚ろき、その佐賀を代表するかのような秀才・江藤新平の業績が印象に残ります。
 今回、取材で江藤新平の曾孫にあたる江藤茂國氏、佐賀を代表する郷土史家・福岡博先生にお目にかかることができました。前回取材した宇和島の方々も真面目ですか、どこか素朴な明るさ、楽天性が感じられました。それに対し、お二人は真面目さの中に几帳面さ、律儀さが感じられ、江戸期以来の佐賀の風土が今も残っていることを感じました。そして佐賀が前よりも好きになったような気がします。


江藤新平銅像
(佐賀市神野公園)

 

11回更新 (平成14年2月25日)


天赦園(宇和島市)

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毎度のことながら、更新が遅くなってしまいました。今回は毎日新聞連載の『司馬遼太郎を歩く』の宇和島・吉田取材に同行記をコンテンツ化しました。以前から存じ上げていた毎日新聞学芸部の重里徹也記者が宇和島に行かれるとのことで、いてもたってもいられず、お願いして同行しました。(宇和島は私も大好きな町、司馬遼太郎ファンには特別な土地だと思います)
このコンテンツについては、多くの方のお世話になりました。三好昌文先生、(財)宇和島伊達文化保存会の上田豊朗所長、宇和島市立伊達博物館の二宮学芸員、伊予吉田町・国安の郷の秋田学芸員。それに快く同行を許してくださった重里記者、荒牧カメラマン。皆様、本当にありがとうございました。
今回ははじめてのコンテンツ化ということもあり、時間がかかってしまいましたが、新聞の連載をホームページでも扱うという試みはなかなか面白いのではないかと思います。
次回の取材同行は佐賀行き、『歳月』・江藤新平の取材です。今度は早期UPを目指して頑張ります。


『司馬遼太郎を歩く』取材風景
(伊予吉田)

 

第10回更新 (平成13年12月9日)


つぶやき岩の秘密

『司馬遼太郎を歩く』
(毎日新聞社刊)

コメント

いよいよ第10回更新を迎えました。このHPは「旅日記」の形で作っており、極めて私的な旅の記録でした。これをHPで公開するにあたって、このままで良いのかという疑問がありましたが、一度できあがった形を崩すことも難しく、愛着もありそのまま更新を続けてきました。
今回の更新では「文学の部屋」「映画・ドラマ観賞室」という二つの新しいコンテンツを設けてみました。今後は旅日記の形にこだわらずに、表現していきたいと思います。今までの旅日記も再構成するかも知れません。
また、今まではHPの方向性を模索していたこともあり、検索に出していませんでしたが、これを機に検索にも登録することにし、それに併せて掲示板も設けました。旅が好きな方、お城が好きな方、その他、感想・提案・情報など、書き込みをお待ちしています。

 

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